先日聞いた話で斯界で有名な方が亡くなったことを知った。 今日は弓の話であるようで、私の思い出話だ。 実は前もって亡くなったらしいことを知り合いづてで聞いていたから、 いざ店頭でその弓具店で有名なおばあちゃんがなくなったことを聞いても、 やはり…
若い頃に色々なところで弓を引いていて、 不親切に色々と親切に指導をしてくれる人が多くて辟易していた。 自分の中ではありがた迷惑だったが、今思えば、若造が一所懸命にやっているからとアドバイスをくれたものであると思う。 その頃からあまり弓のアドバ…
弓の世界では古くは巻藁稽古を三年積んで的前に臨んだらしい。 今日も弓の話である。 最近台湾で和弓を普及した川島範士の本を読むことがあった。 この人は今ではあまり名前を知られていないが、 どうも少し白熱して文章を書くきらいは別として、 弓に正直に…
新型コロナの影響は思いもよらない出会いをもたらした。 今日も弓の話である。 地元の道場が閉鎖されているからと、私がこっそり夜な夜な通っている道場に遠方の弓道家が訪ねていた。 地元では有名な弓引きで、国体にも出ていずれは天皇賜杯を狙おうという人…
最近、ブログを移設することとなった。 どうにも苦手なのは、自分の過去の醜態も晒し続けないといけないことで、 このまま自然消滅しても良かったとも思うが、 理屈をこねると、 一日数人来ていた懲りない読者層に報いないといけない心根があったためだ。 要…
最近残念ながら弓に触れる時間が少なくなっている。 毎週引いていたときは練習機会は週数回であったとしても弓のことは毎日考えていた。 しかしそれが全く途絶したとき、非常に残念なことに毎日弓のことを考えている自分がいる。 弓道は極めて限定的で定式化…
来季のジャイアンツに宮本和知が入閣するらしい。 安倍改造内閣に片山さつきを入れるくらい不安なことだ。 一体に、野球の来季人事は政治的な要素が多い。 組閣というくらいだから、野球に関しても論功行賞や信賞必罰、縁故が働くことは間違いないのだろう。…
誰が言ったか知らないが三大稽古の弓修行、 見取り稽古に数稽古、工夫稽古は最後の砦。 数稽古なら馬鹿でもできる、見取り稽古は赤子でも。 工夫するには頭を使う、使う頭を間違えりゃ、道と称する下手修行。 結婚詐欺では女が泣くが、自分を騙して泣くのは…
中日の浅尾が引退するらしい。 本当に悔いがない、というヘッドラインでYahooニュースに出ていたが、 その表現にどこか落合の酷使に対する(記者側の)恨み節が感じられて何となく嫌な気分になった。 最後の登板になった先日の巨人戦をたまたま見る機会があ…
松井秀喜はMLBに移籍した当初、外角の変化球に苦戦した。 外に広いといわれるストライクゾーンとも相まって、日本の投手には見られなかったクセ球に翻弄されていたといわれる。 「それは魔法のような言葉だった」と後に述懐するのは、監督であったヤンキース…
よく出入りする弓道場での話。 その場所は、誰でも自由に出入りができる公共の場では「珍しく」オープンな道場であった。 来る人来る人が黙々と自分の弓を引いている。 「公共の」というのは本来出入りがしづらい場である。 よそ者の弓道家が足を踏み入れる…
ずっと以前から不思議に思っていることがあった。 今日も弓の話である。 もっと引きなさい、会をもて、という人が三人か四人ほどいる。 ところが全員自分が言うことを自分で出来ていない。 奥ゆかしい指導者とは、他人にのたまうことは自身が出来ていると思…
最近、弓の世界でも動画のネット配信に難癖がつけられたらしい。 今日も弓の話である。 通達によると、被写体(射手)の同意なきものに関しては配慮(今風に言うと忖度)をなさい、ということが書いてあるそうだ。 私はまったくもって同意である。 矢をぽと…
高校生の頃、出入りの道場で酔客が珍しくなかった。 今日も弓の話である。 公共の弓道場で、一升瓶を持って弓を引いていた面白いおじいさんがいたものである。 酔って若造に講釈を垂れていたのとは違う。 自分の弓を淡々と追求していたのが心に残る。 さなが…
弓の大病には早気やもたれ、ゆるみがある。 ここに震えや不中を加えてもいいかもしれない。 ところがこのなかで、もたれはなんとなく会が長く見せ(魅せ)ることが出来るから不問に付される傾向がある。 会が射の見せ場(いわばシャッターチャンス)として人…
この間シャレにならない苦労話を聞いた。 いつもの弓の話である。 その人は、いわゆる流派弓道あがりの人で一般の市民道場で苦労されている、弓道難民の一人である。 あるとき、弓を引いていると開き足の作法が違うと上段から偉い人に注意されたらしい。 も…
百発百中の弓の名手に成るのなら是非にでも悪魔に魂を売る。 そう嘯いたことが幾度となくあった。 今日は現実にいた名手の話である。 いざ弓を執れば百射皆中、調子が悪くても90中は固く、 不動の異次元の射手というべき人がいた。 ここで歓迎されるのは射は…
芭蕉の弟子の去来の句であったか、 秋風や白木の弓に弦はらん。 湿気が失せて、一気に気温が下がり、秋口に白木の弓を引き出してくる。 そういう一句に則して言えば存外風流であるが、 何のことはない最近弓を買ったのである。 故人は弓をそれこそ何張りも購…
久しぶりに200本引いた。 といっても100本を越える日も最近は週に一度はあったが、 やはり矢数がないと気付きが訪れない。 最近ずっと調子が悪かったから引くことに集中していた。 188本目でやっとおかしい箇所に気づく。 あ、しまった、これはこうなんだ、…
小離れ、中離れ、大離れ、 教本にはおそらく弓道の初心者は心持ち大きく離すような離れが良い、 と書かれている筈である。 古写真を見ると、どの名人もいわゆる小離れである。 現代の人間にはもしかしたら真似出来ないことではなかろうか。 自然に離れた結果…
どんな街角にも弓の名人はいる。 私の知る限り、いまよりも弓の文化が華やかだった時代がある。 さながらスター・ウォーズのEpisode 0の世界であるが、 つぶさに見ると文化が興隆と衰退を繰り返している、まさに衰退の部分に残念ながら私たちは身を置いてい…
さいきん道場で練習しているときに、 たまたま他所の道場の人が来ていた。 それは少し変わった人で藪から棒にスマホで射形を撮影して、 ここがよくない、これはいいね、と本人と反省会をする嫌いのある人であった。 例に漏れず私も撮影対象になったわけであ…
初めて会った人のなかにも不思議と気が合う人がいる。 それは年齢や性別すら関係ない。 以前から考えていた流派の仕組みについて全く同じ意見を持っている人にたまたま会った。 自分しか世界の中で気づいている人間はいない、という気持ちでいたので 悔しが…
弓道場に行った話 その日はやたら混んでいて、大学生やら、社会人やら、大学生でも他大学の十何人かが押し寄せて来た日であった。 的はせいぜい八つ九つしかないから、必然身内での持ち回りか、初対面での譲り合いとなる。 そこに和服を着た眉目秀麗であった…
たまたま有名な人と一緒に弓の練習をすることがあった。 ネットではよく見ていた人で、穴が空くほど見ていた人だったけれど、 実際どういう人なんだろうと興味津々だった。 ここで話として面白いのは、豪快な弓を引いて、一つ一つの言葉にものすごい含蓄があ…
ひさしぶりに弓の試合にでた。 弓道では的に半分矢があたることを羽分(はわ)けという。 的中率50%という意味である。 あたった矢と、外れた矢が羽で数えると半分ずつ。 弓を引いている人の間では常識である。 もう何年も弓を引いている人がたまたま試合会…
この職場にも3月末の大人事の波が来た。 なかなか仕事のできる人間の集まりかと思えば幾人かが呆れ返っている。 公然と上役を批判するちょっとしたアナーキーである。 人事を司るのもこれまた優秀な人間であるが、 人の心のざわつきを作る力も強かったと見え…
古来、弓を心と結びつけることはあまり盛んではなかった。 戦場で命のやり取りをする上で自らの心を省みることに価値を置かなかったためである。 敵を斃せば生き、射抜かれれば死ぬという簡単な結論しか用意されていなかった。 近世に入る前、日置流が誕生し…
なんとなく昔のことを思い出したので書く。 いつもの弓の話である。 高校生の頃、同じ地区内のK女子高校にO先生という人がいた。 いつだか顧問のN先生と立ちを組むということで十二人立ちの大道場で矢取りを頼まれていた。 O先生は十二番的の大落で、私は後…
清原が逮捕されて非常に衝撃だった。 物心ついたときに野球中継を見だして、丁度清原がFAで巨人に入ってきた頃だった。 もっとも気がついたら高校生のときで、第一次原政権の代打清原が一番印象に残っているが。 終盤の勝負どころか、勝負どころかよく分から…