ある弓道場にて

弓道場に行った話

その日はやたら混んでいて、大学生やら、社会人やら、大学生でも他大学の十何人かが押し寄せて来た日であった。

的はせいぜい八つ九つしかないから、必然身内での持ち回りか、初対面での譲り合いとなる。

そこに和服を着た眉目秀麗であったことを偲ばせる、枯れた女がいた。

的に入って、知り合いの二人と交互に引きつつ上段から先生然とした指導を見舞っていた。

よほど学生でごった返していることに憮然としたのか、最初は和気藹々と大声で話していたものが、徐々に自分の弓は引いても弦は返らず、矢を放っては首を振り、ぼんやりとした様子である。

大学生は混雑に遠慮してか部内の話し合いも小声かつ口数も僅少であった。明日試合があるということであったが、人が死んだかのような静寂の中で寡黙な弓を引いている。

しばらくすると枯れた先生は学生を遠目に見て、あらいやね、手の内が出来ていないわ、とまた大声を出して静かに混む道場を嗤った。

私はこの上なく下品なものを見せられたようで少々気分が悪くなった。

枯れた先生を囲む二人の「弟子」たちは苦い顔をして押し黙っていた。

それは二人が当たり前の人間であったからであろうと思う。

弓は引けば引くほど人が悪くなるとはこのことである。

我々は年を経て、ますます目が曇るようなことしかしていない。

武道が人間形成の手段などというのは大抵誤りである。