横槍と○流

こないだ道場に来ていた二〇歳くらいの弓引きがいた。

近所に住んでいるのか、大学の弓道部が改装中なのか知らないが、

わざわざ市民道場に出張って弓を引いている。

いいことじゃないか、友達も連れずに一人情熱を持って弓の練習に来ているわけだから。

弓道というのは狭い世界だから、道場にはいつも同じ顔ぶれしかいない。

たまにニューフェイスが来ると、おおどういう弓を引くのかと興味が引かれるのは人間の性だ。

何を話しているのか聞こえなかったが、同輩がその弓引きと話していたらしく、

後になって私の所に寄ってきてぐちぐちその人の文句を言い始めた。

なんでもその人は某大学の弓道部に所属しているらしい。

同輩が弓の引き方を教えようとして、その人が一向に話を聞かず、

「私は○流ですからこれでいいんです」と言われたことに腹を立てているようだ。



まずいけないことは、見知らぬ人にその人が現在受けている指導の方針を知らずに横やりの教育を入れることである。

自分のホームグラウンドだったから内弁慶になって「教えてやろう」などという傲慢さが出たのかは知れないが、私の同輩は弓引きとしてあってはならないことをしている。

何らかの理由によって、

普段自分が練習している場所から抜け出して他の道場に通うというのは弓道の世界ではままあることである。

弓道には近的・遠的もある一方で、たとえば普段の練習場には遠的場が備わっていないとか、

遠的をするために公共の遠的場にお邪魔して練習をさせてもらうとかいうことはよくある。

その道場はまた誰か他の弓引きのホームグラウンドであって、

当然、見かけない人が引いてたりすると周囲から注目が集まる。

これはしょうがないことだ。

しかしここでいらない指導を受けて射がくずれてしまうことがある。

ありがた迷惑なのを知らずに、いい大人がいらない気を利かせてその人を指導してしまい、

結果つぶしてしまったり、

言うことを聞かないから頭ごなしに初対面の人に指導を行うなどということもあるのである。

講習会じゃあるまいし。

だから、一見さんであってもニューフェイスの人が来たならば、

矢取の方法とか道場の掃除の仕方だとか、

必要最低限の決まり事だけ説明してあとは放っておくのが筋なんです。

だから同輩にはちゃんと説明した。

お前もよその道場行ったらなんやかや言われるのは覚悟してるだろうけど、

自分の弓を論評されたらむっとするやろ、だからあの人の弓そのものは放っておかなあかん、

放っておくのが親心や、と。

そいつはしゅんとなってたが、まあ純粋培養・温室育ちできたからしゃーない。

(それに世の中には、その日弓を引く場所にも困る野良の弓引きがいるんだよ)



っと、ここまでは内輪の恥を晒したが、問題はその弓引きである。

二〇そこそこの女の子だったが、そのちゃんねーは某流を名乗っていた。

私が一緒にちゃんねーと矢取に行ったときも「わたし○流なんですよ」とうれしそうに名乗っていた。

悩んだ末、結局言わなかったが、かなりいらっとした。

よその道場に出て行って自分の流派を名乗るというのは相当なことなのだ。

その人がどういう指導方針のもと育っているかとか、何年弓を引いているだとか関係なく、

某流派を名乗る人が突然現われたら、道場の人間からしたら、

そのちゃんねーが図らずも某流派の代表になってしまうのである。

実際二〇本引いて半分も中ってないものだから、周りからはああ目も当てられないとなってしまう。

それが流派全体の評判に還元されてしまうわけだから。

まだ大学二年生くらいだから仕方ないけどね、でもあんた、よっぽど腕におぼえがない限り、

よその道場行って名乗りを上げるのはやめたほうがいいぜ。

二〇本引いて一九本しか中らなかったら、おれだったら自分の流派は名乗れないだろう。

二〇本全てが鵠心に的中したならおそるおそる名乗るレベルのことを、

その人は二〇射三中でやってしまったのである。

看板を背負うことの重さをそのチャンネーはよくよく知らなかったな。

純粋培養なのか温室育ちなのか知らないけどな。



いや、若いってこわい(身に覚えあり)。