酔いどれた19歳
先日地元に帰っていて年始だったから行きつけの飲み屋も大抵閉まっていた。
あてどなく近所の人気のない商店街を歩いていると元日の夜にも関わらず開いているBARがあった。
前々から気になっていたが、若干オーセンティックな感じがして少し躊躇していた店だ。
入ってみると案の定というか高尚さ漂うウィスキーバーで今更帰るわけにも行かず、
客が一人もいない店内のカウンターでちびちちびりと飲んでいた。
聞けばバーテンとオーナー(奥さんか)が二人で切り盛りしている店で、
バーテンが横浜のバリバリのところで酒をサーブしていた腕に惚れ込んだ奥さんが「二人で店を出さないか」とナンパしたらしい。
もうこれが凄いテクニックで、シャイカーを振る手さばき、カクテルの分量計に注いだリキュールの瓶の口を一秒前後でサッと白布で拭く早業、何事も無くカクテルをコースターに置く静けさ。
なかなか隙の見つけようがない完璧なものであった。
全く関係ない話だが、これは良い弓引きになるなと思った。
正月2日も地元にいたので味をしめたことから再びそのお店に寄った。
今度は何人か客がおり、看板の午前2時までいた。
そしてカランカランとドアが開く音が。
若い男の子が「まだいいですか?」というなり私の横に座った。
一杯目に男の子が頼んだのがアードベッグ。
まあ開口一番若造が頼む酒ではない。
それも勿体ぶらずにグイグイと雑な飲み方であるから、周りの人も「ん?」という雰囲気になる。
他の客も帰り、小僧と私の二人になる。
だんだん虚ろになっていく目で私を見るなり小僧は「おいお前!」と絡んでくる。
おうどうした若者!と応じると「お前は〜ぐだらぐだら」と後はろれつが回らない。
オーセンティックなマスターも「まあまあ」と取りなすようになり、
私は私で若干いらいらし始めたから「いい飲みっぷりだ!」とどんどん煽って仕舞に潰してしまった。
最後の力を振り絞った少年は再びおい!と絡んで私のおでこにデコピンをかまして沈んだ。
奥さんがトイレで介抱して、マスターとカウンターで若いっていいなあという話をしていた。
青い顔で戻ってきた少年に歳を聞くとまだ19歳だという。
尾崎豊を小さくしたような今時少ないうらぶれた感じの若者である。
未成年ということもあり店側はすぐに帰そうとするが、一旦入り口から追い出したら5分後にまた玄関のガラス戸のところに立っている。
すでに酩酊しているのだ。
再び送り出して5分経つとまた現れというのを何回か繰り返して、店の窓から見ると少し離れた電信柱にもたれかかってフラフラしていた。
これ以上絡まれたらかなわないからサッと会計をして少年を追い越し、夜道に消えようとした。
なんとなく、捨て置けない性格なのか、思うところがあって引き返した。
肩を貸して家まで送る。
ところがまだ悪い酒が続いていて家と思われる辺りまで来ても、あれが俺の家だ、いやこれが俺の家だと何軒も違う建物を指差しケラケラ笑っている。
私も私でさきほどのデコピンを引きずっていたからいい加減にせえと地面に叩きつけて、
交番に連れてかれたくなければテメエの住所を言え、交番か朝ゲロまみれになって道路で起きるか選べと襟首を掴んで少年をシェイクシェイクする。
すこし大人しくなった小さな尾崎豊はやっと住所を言って肩を貸して数分。
アパートの前までたどり着いてお互い少しホッとする。
お兄さんすいません…としおらしくなり、「もう一回うちで飲み直しましょうよー」とそれでも少し絡むような感じだったので、「ああ、任せておけ。朝まで付き合うから取り敢えず先に家に入れ」と玄関に押し込み、背中をドンと叩いて瞬時に扉を締めた。
厄介な酔っぱらいが通りがからんどるなと近所の人も思ったと思う。
地元でなければ絶対にしないことだが、よくよく考えてみると若者がデコピンをしなければ送って帰ることもなかったかもしれない。
正月早々、不思議な出来事であった。