四階のデヴィッド・ボーイ

マンションの六階に住んでいる。

ある日エレベーターで下に降りていると四階で一度停まり、

サングラスをしたきゃしゃなおじさんが乗り込んできた。

香水の匂いをぷんぷんとさせ、よほど直毛なのか長い聳えた角刈りに、

薄手のスーツに色気たっぷりの黒ネクタイを締め、

曲がってもないのにやたらと左手でその根っこをさわり、

膝を曲げない競歩のような歩き方をし、

反動なのか右手が胸の高さまで上下し、あがった指先はなぜか鉄砲の形になっている。

ネクタイの修正をしつつも左の小脇にはセカンドバッグがかかえられており、

そのため左手の運動はわりと静かだった。

あまりに特徴的な姿に何度となくすれ違っているからすっかり顔や仕草をおぼえてしまった。

しかし、このおじさん何となくデヴィッド・ボーイ似なのである。

実はさきほども近所のスーパーの前ですれ違ったのだが、

いつもの角張ったサングラスに、エゴイストブラックの香り、

ライトブルーのスーツという格好であった。



大げさに聞こえるかも知れないが特に戯化しているわけではない。

温かくなったせいかスーパーの前ではビールの小瓶を持ったお爺さんが路上の晩酌を楽しんでいた。

おじさんが彼の視界を横断したとき、

お爺さんが「あれま」と小さい声を発したのを私は聞き逃さなかったのだ。

今夜の右手はいつもより高い位置までとどき、真夜中のサングラスを覆わんばかりになっていた。

左手は黒のネクタイを正さず、セカンドバッグを支えつつも、控えめな鉄砲の形になっている。

腰をおおげさに切りながらウォーキングをする神宮外苑の散歩者のように、

右に左に音頭をとり膝を曲げないゆったりとした歩きでおじさんはマンションの方角へ消えていった。



おそらく誰もが、デヴィッド・ボーイはそういう人のことではないと言うだろう。

本物のデヴィッド・ボーイはそんな歩き方はしないだろうし、実際は直毛ではないと思う。

香水も凝りに凝った誰も使ったことのないようなものを振りかけているかも知れないし、

似合うかに合わないかは別にして、80年代風のサングラスをかけることもないだろう。

しかし不思議なことに私はおじさんを非常にセクシーな人だと感じている。

髪型、サングラス、香水、スーツ、

それらが計算され尽くした古代遺跡の城塁のような緻密な組成をしているのに加え、

見たことのない歩き方が遠い世界の魅力をたたえている。

おじさんが使用した後のエレベーターはおそよ10分間エゴイストブラックの香りがする。

エレベーターが四階を通り過ぎるとき私は心の中でとなえてみる、

四階のデヴィッド・ボーイ、と。