弓、ときどき幸せ

毎週つづく強化練習。

毎回のごとく監督にこってりこてこて絞られている。

先週は監督相手に立ち練習〇勝四敗という惨敗。

監督、ほんとに還暦過ぎてるんですか、

と疑いたくなるようなあてっぷり。

選手は一と四本目は必ず中ててや、

どんなことあってもや。

ほな、立ちで練習しよか。

っといっても例の如く俺しか練習にきていない。

しかし肩慣らしに竹弓を引いていた監督もどしゃぶり雨のせいかどうも弓の調子があがらないようだ

二〇本引いてたぶん半分もいってない

「あ~、今日は調子悪いわー」

ふーん、

(いまなら勝てる)

心の中で悪がささやいた。

「じゃ、軽く四矢四回勝負いくで」

よしきたと射場にはいり、

最初の立ち

俺、三中

監督、三中

のイーブン。

次立

俺三

監督四

負ける。

くぅ、このおっさんが…

三立ち目

俺一

監督四

負け。

四立ち目

俺一

監督四

負け。

っていうか監督、今日調子悪かったんじゃ…

「相手がいると思ったらそらあんた、気合い入りますわ。

ほなもう一回いこか?」

俺三

監督四

負け。

結果〇勝四敗一引き分け。

最初調子の悪さはどこへやら、結局監督は初矢を抜いただけの二〇射一九中。

俺十一中…

「ふふん、おまえさん話にならんな」

完敗どす…

ほんに還暦過ぎとるんですか。

さすが国体二〇回近く出場してる人だとおもった。

こういう八幡太郎みたいな人も世にいるのかと脱帽。

ふだんなんとなく中ててるけども、やっぱり自力で劣ってると実感。

精進します。




「ほな、ここからわしは口で弓引くから、あんたが練習する番やな」

鬼の指導。

あかん、だめや、おお、いいぞ、やっぱあかん、あーあ、のレペティション。

ざんざん降りの中、ジュラ矢尽き竹矢飛ばす。

的中。やはり竹矢の篦張りはしなやかで生きた感じがする。

しかし矢取にいくと、射付節まで竹がひしゃげていた…

的枠にいったわけでもないのに、ぐすん。

道場の名物、鋼鉄の安土である。

「わしも竹矢二本やっとるんやで、この道場の安土かたすぎや」と監督。

前々から安土がやたら固いと思っていたら、案の定の事故である。

「矢息のいい人は竹矢つこうたらあかん、そら範士の先生が矢壊してくれたら安土総取っ替えになるけどもよ。

今はあんた、ジュラルミンの矢つこうとき」

はい。




そして帰京し、泉岳寺の弓具屋でジュラ矢購入。

ちょっと重たいかなと思ったが2117のシャフト。

鷲羽根だよ。

でもジュラはあの先端ががりがり削れていく感じがたまらなくいや。




「…いや、いまの先生方ははなしにならん。へたなのばっかりだ…」

さきほどから店の中でよく話すおじいちゃんがいると思ったら、

店のおばちゃんとなにやら話し込んでいる。

わしは一七で弐段貰ったんだ。見ろ、これが本物の押し手だ

みると若い頃の写真が番台に載せられていた。

高名な先生の射影かと思いきや、こりゃお父さんの写真ですか

両肘がぴちっと決まった凜とした射形

「いいか、タダだから聞いとけ。ここから押し手をふー、と伸ばしていく。本物の押し手だ」

たしかに今時分、高校生くらいの年でこれほど堂々たる弓を引く人はいないかもしれない

「このとき弐段。県下の同世代で弐段はおれしかいなかったんだ。

いまはお情けで弐段はもらえるだろうよ。

おれんときは五年続けてやっと同情初段だ。段は簡単にやっちゃいけねえ」

聞けばお父さんは、御年八四歳。弐段といっても武徳会の弐段。

その後、半世紀近いブランクを挟み、先年再開したそうな。

脳梗塞で左半身がやられてリハビリもかねて引いた弓で、

このあいだの試合で一六射一三中をだして優勝したという。

いまでも立ち座りはできないが、さすが武徳会世代、ぬるくないわ。

「いいか若いの、射というのは全て計算で成り立っている。

計算された一射は計算のない一〇〇射にまさるんだ」

脳内知識のなかで暗黒領域の武徳会、規矩をものすごく重視したことを初めて知った。

「この間のどこぞの先生が、勝手が強い、と言っていた。

先生、おれの時代には、そんな言い方は存在しなかった。それは、押し手が弱い、と言わなければならない。

同じことを言っているようでも違うんだ、って言ってやったよ」

高木たすく、阿波研三、そして本多利実へと遡る正面打起しの弓に直に触れた人はほんとう羨ましい。

このおじいちゃん、黄金世代だと思った。

杖ついた何の気ないじいちゃんが弓に一家言を有するとは相当のことである。

おじいちゃんたちがかくしゃくとしているうちに、もっとそういう話を聞いとかないとね。

でも、一度でいいからその時代、行ってみたい。




そして店には特注していた和帽子がとどいていた 。

弓力三〇キロまでオッケーな分厚い帽子に控え付き。

勝虫を配した燻し革。

そして、右手にしっとりと残るスモークチーズの香り。

帽子固!、去年買った初心者用の堅帽子より固いんじゃないか。

こういう懸けもあるんだ。

でも手型をとって注文したから、あらま手に吸い付くようだわ。

ふふ、目立っちゃうからこっそり使い込んで晴れ舞台でお披露目しちゃおう。

きっと高い買い物をした主婦はこんな気分なのだ。

喜びが明日へとつづく散財。

「あのおじいちゃんは弓で財産潰したんだから、あまり話聞いちゃだめよ」

と店の若女将。

でもGWは練習ざんまいだな。

弓のためならいくらでもバイトするぜ。

中らないときもあるけど良い矢が出たらそれも帳消しになる

(気がする)

まるで自分が自分でないようなその矢飛を見たら、

苦心惨憺の日々もそんなにわるいもんじゃないさ。

弓、ときどき幸せ。