ブラッディ・メアリー

最近のカクテル熱は冷めず、夜な夜なレシピ本を片手にカクテル作りをしこしこと励んでいる。

この人生に必須ではない勉強を通して知ったことは、

バーテンダーには個人個人に必殺のカクテルがあるということだ。

つまり「得意とするカクテル」で、

たとえば野球選手が得意の変化球で相手打者を打ち取るといったようなもの。

しかしそれは、気に入った相手をイチコロにできるある種の魔法であって、

これは必殺技というべき代物なんだと思う。

よもや自分も必殺のカクテルをもちえるだろうか。

それがあれば海千山千の女傑たちを一撃のもとにめし取ることができる、かもしれない。




そんな果てのない理想の丈を真夜中ににょきにょきと伸ばしていたとき、

ふと思い出したのは、高校の世界史の授業でのことだった。

中世のイギリス史―プロテスタントの弾圧のメアリ女王のあたりだ―をひとしきり講義すると、先生(男)はこう言った。

「女の子はブラッディ・メアリーをしきりに飲ませたがる男を信用してはいけない」

おほほ、これはこれは。

手詰まりの感に満ち満ちていた夜中の台所は、その回想によってぱっとあかるくなる。

このネタは使えるではないか。




さっそく作ってみよう。

主な材料は、ウォッカ、トマトジュース、レモン(レモンジュースでも可)、

お好みで、塩、タバスコ、ウスターソース、などを加える。

食事の続きを楽しむようなお酒である。

一作目。

うーん、すこしウォッカを入れすぎたのかもしれない。失敗。

二作目、今度はなかなか。しかし鬼の首を取るにはまだまだ。

三作目、これは前の二杯よりも良い出来なり。しかしなにかが足りない。

それにウォッカに酔うとあまり味覚も働かなくなる。どうしたものか。




「ううむ、味覚がしびれる」

っとここで第二の閃きがおとづれる。

「味覚が働くなくなる……。味覚が?はっ、これだ」

人間は酔うとカクテルに含まれているアルコールの多寡には鈍感になる。

つまり相手をべろんべろんに酔わせておいてから、

とどめの一突きをこのブラッディ・メアリーに委ねるという作戦だ。





呑舟の魚は容易には得られず。

そのときに活きるのは入念な捕獲作戦となる。

かの魚を支流に追いやり、

舟で退路を塞ぎ、

網に捕獲し、

最後に急所のえらを突く。

そして流れ出る鮮血のごとく染まるブラッディ・メアリー。

それを呑む女性。




これが青写真である。

この構図で決まりだ。

あの世界史の時間から何年もたち、記憶の底の澱(おり)から人生の非必須科目を汲みる。

思えば、あのときの先生の口もとは邪にゆがんでいた気がする。

あれはだました側の愉快さを先生がこらえきれず、

おもわず口端にだしてしまったものに違いない。

そう考えると楽しみである。

いつか、邪なゆがみが口端にうかべられるように、

今夜もカクテル作りにしこしこと励むのだ。




<追記>

まろやかな味わいで、しかもアルコール度数の高さを感じさせないリキュールは複数ある。

コアントロー(ホワイトキュラソーという種類のお酒)

・MIDORI(メロンリキュールという変わったお酒)

カルーア(コーヒー系が苦手な方にはベイリーズでも可)

※1 これらを全部混ぜると絶対においしくないので注意が必要である

※2 だからといって、普通のカクテルにこっそりウォッカを混ぜて相手を酔わせる手法は、禁じ手である(芸がないため)