カフェ・ロワイヤル

わざわざ渋谷にまで赴いたのに、

カフェ・ロワイヤルスプーンが買えず、

終には訪ねた店で取り寄せてもらうことになる。

350円のスプーンを買うためだけに日中の退廃的な都会の交差点を歩く。

ここは人間の欲望にあふれている。

邪悪が燦燦と照りつける昼下がり。




カフェ・ロワイヤルスプーンとは、一見高尚な名前だが、

しかしなんのことはない、スプーンの先端に鉤がくっついたような代物だ。

コーヒーカップの両縁にスプーンを橋渡しにして、

そこへ角砂糖をおき、上からゆっくりとブランデーを注いでいく。

酒にひたひたになった砂糖にマッチで火を点け、

余分なアルコールを飛ばしたのち、ブランデーに溶けた角砂糖を、

カップの中のコーヒーに沈みこめる。

コーヒーの黒に飲み込まれてゆく、琥珀のブランデーと砂糖の顆粒、

さながら宇宙のすべてがデミタスカップの円環にのみ込まれていく没我の瞬間である。




そういえば何と高尚な響き。

昼下がりはそのためだけに存在していたのである。

一つのカップに渡された銀のスプーンの橋、

そこで燃えさかる青の焔、

古代帝国のローマ人も知らなかった悦楽。

破壊と征服の力強さは、ここでは八万由旬の彼方の出来事である。




そう考えると350円のステンレスのスプーンも銀のスプーンとなり、

ブランデーのV.O.がより高級なものと変化する。

めくるめく想像と未知が世界を覆う、昼下がりのひととき、

そこにあるのは甘い香り。