小泉信三

近所の古本屋に小泉信三の全集が売っていた。

店先の棚に全集が歯欠けで置いてあったのだが、店内を見回すと他巻があちこちに散在している。

全集をまとめようとしない古本屋、かなりの不精である。

ごま塩頭をした還暦ほどの店主の聞いてみると、全部そろっているかはわからないという返事だ。

仕方がないのでくまなく店内を捜索する。

表の棚には七冊、店内の入り口の脇には十五冊が纏めてビニールひもで縛ってある。

全集は全二十八冊であるから、六つ足りない。

しかしさらに入り口の脇の足元にある棚をいやらしく探してみると、

奥まった暗がり部分から種々様々な本が出てくる。

単行本、新書、春本、かび臭いハードカバーの本、わたしからしてみたら玉石混交の本たち。

しかし全集はなかなか見つからず、あきらめかけていたそのとき……

暗がりの中できらりと光るものがある。

本当に光ったわけがないが、なんとなくすでに手元にある全集のカバーに似た外観の本が見える。

直感的に確信して引きづり出すと、残りの巻がすべて出てきた。

とにかく汚いが、これはいつものことである。




そして店主と値段交渉をする。

店主いわく、これは少し前に客が取り置きを頼んで結局取りに来なかったものだそうだ。

その客が来たのが一週間前で、それ以来来る気配がないからあなたに売ってしまおうというのだ。

一週間ならまだその客もやって来そうな間だが、その本をいただけるのだ。

これは換言すれば、好みの女御を組み敷いて手篭めにする光源氏を筆頭とした平安貴族のしたたかなる楽しみである。

そんなことはどうでもいいが、これはまたとないチャンスである。

二八冊なので五〇〇〇円くらいは提示されるかと覚悟していたら、以外にも一冊一〇〇円でいいとの由。

計二八〇〇円で買い上げる。




大量にある本を自転車の荷台に積み、その重さに左右へと揺られながら家路に就く。

不安定な梅雨の天気がときおり雨を降らした。

それに本がぬれてしまわぬように、いとおしい手つきで丁重に運んでいく。

疲れと重さから半ばあえぎながら団地の部屋まで運びとおすと、しなしなと地面にたおれこんでしまう。

すっかり疲労に満ちた体をしばらく休ませてから、やおら本を棚へと収納していく。

そうして本棚を横一文字に貫き通した一続きの本は壮観な威容を放つ。

いまでは本の外面のよごれも、多分に厳粛な感じを周囲へと与えている。

しかも中身は読まれた形跡がなく新品同様なのだ。

さながら四十路乙女。




私はいま無垢そのもののページを一枚一枚ていねいに紐解いている。