前を向いて

スウェーデンに来て9ヶ月が過ぎようとしている

長いようで短い時間だが、色々なことがあった

最初につらいと思ったことは、冬の暗さだ

朝、登校するときは日はまだ昇らず、授業が終わる頃には沈んでいる

日に当たらない生活がいかにつらいものか

暗闇がただ私に辛く当たるのだ

私は自分は強い人間だと思っていた

何事にも動じないと思っていた

その自信は日が経つごとに、暗黒の中に消えていった

英語もろくに喋れなかった

毎日の課題にも押しつぶされていた

料理も下手で、始めて鍋で炊いたご飯は、水っぽく硬かった

自然と食欲も落ちていき、毎日日本へ帰りたいと思った





しかしそんな自分を支えてくれた人たちがいた

それは同じ寮に住む仲間たちだった

国が違えど、彼らは私にいつも気遣ってくれた

それは自分にスウェーデンに居続けるための気力を与えてくれた

彼らとは喧嘩もしたし、一緒に酒も飲んだ

誕生日にはケーキを作ってもらった

それがあったから、別れも一層と辛いものだった

スウェーデンに来て半期が終わると、皆はそれぞれの場所へと帰る

平静とした表情で彼らを見送ったあと、私は一人で泣いていた

別れはいつだって辛い

しかしその辛さは、あの冬の暗闇が私に与えたものとは異なるものだった

そんな涙を流したのは生まれて初めてだった気がする





そして私はいま、大きな悲しみに直面している

生まれて初めて、動揺で体が震えた

父親が死んだときも私はあれほどに動揺しなかった

世の中には色々なニンゲンがいる

そのニンゲンを放っておけない人間もいる


それは多情な者だけの問題ではない


この国の道徳と風俗がその者にそうさせるなら、ある者はそれを憎むのである

万人にモラルを求めるのはエゴであろうか

命は簡単に奪えるものなのか

人として間違っていることなど、世の中にはたくさんあったのだ

そしてそれを意に介さないニンゲンもいたのだ

それを知らなかった人間は、吐き気を促す現実に押し殺されそうだった

しかし、どん底にあった心をすくい取ってくれる人もいた

心にできた間隙は一朝一夕で埋まるものではない

肢体に力が入らないこともある

うつむいたまま顔を上げられないこともある

しかしそれでもその人は、私に前を向く術を教えてくれた



私は窓の外を見た

スウェーデンの太陽は短くなりつつも、いまだに力強く輝いていた