こいのよかん

瑕疵とは法律用語なのだろうか、あまり耳慣れない言葉で、傷とか欠陥という意味である。

ひょんなことから心理的瑕疵物件という、いわゆる事故物件に住むことになった。

前の前の入居者が自殺したらしい。

入居二日目。




物件見学のときは気づかなかった(むしろなかった筈だ)が、

入居初日にトイレの床に赤いヌメリがあった。

すくって嗅いでみたが匂いはしない。感触からして油のようだ。

前の部屋も借りたままなのでDIYで荷物を移動させている。

しかし前部屋に向かう途中で鍵を閉め忘れていたことに気づいた。

どうも無施錠が当たり前だった下宿生活のせいか、そういうことに無頓着になりやすい。

ところが部屋に帰ると、扉の鍵がきちんと閉まっていた。

2ロックなのでドアには2カ所鍵穴がある。

もし意識して施錠したのなら両方とも鍵をかけている筈なのだが、鍵は1カ所だけ閉まっていた。

さいきん忘れっぽいかもしれない。

そして帰宅したら、トイレのウォシュレットの便座から油が垂れている。

またしても赤いのだが、ちゃんとクリーニング業者は掃除してくれたのだろうか。

そもそも電動とはいえ便座から油がしこたま流れ出るものなのだろうか。

きっと熱いし湿気もあるからそうなってしまうのだろう。

トイレの便座にいくら雑巾でこすっても落ちない染みもある。




というわけで今のところ怪現象はさしてない。

おばけとか女の霊が出るとか、

そういうことを過度に意識してしまうから、

些細なことを超自然的なものに結び付けたがるのではないだろうか。

出てきてくれたほうが引き出しが増えるからウェルカムではあるのだけれど。

こんな快適な部屋を自殺があったからといって安く貸してくれるのはむしろありがたいと思う。

命日を不動産屋に聞きそびれてしまったけど、

もしお化けが出たら、その日を月命日にしてお花をそえるのをかかさないようにしよう。

塩も盛ろうかと思ったが、それは相手が悪霊だった場合に限ろうと思う。




さて、ここまでが本日の夕刻までの話である。

夜になり、引っ越しのせいか肩が凝ったので少し飲みに繰り出した。

ここからはもう少し明るい話題で。

さきにことわっておくと特にオチはない。

繁華街の中心に南北に延々と続く細道があるのだが、

そこを歩いていると向こうから酔っ払った女が歩いてきた。

女はどうにも足下がおぼつかず、進んではよろけ、進んでは立ち止まりを繰り返す。

ぱっと目があって、「○○はどこですか?」と聞かれた。

○○というのは細道を隣に出たところある川の名前である。

あー、それならあっちですよ、とそちらを指さすが、

女性は「違う、そっちではないんです」と頑固に言う。

「おにいさん、一緒に○○に行きましょう」と言われ、すこし考えたけど、

冒険心が勝ってとりあえずついて行くことにした。

細道を南下すると川と同じ名前のバーがあった。

なるほど、この場所を言っていたのか。

とりあえず中に入ろうとするといきなり女に股間を触られる。

もっと上品でしらふだったら素敵に見えるかも知れないヘベレケ痴女の年齢は自称39。

まあ、最悪いける。

バーに入ると、中はスナックのような感じで70手前ほどのママさんが1人でカウンターにいた。

女とママさんは知り合いのようだが、どうにも痴女が悪い酔い方をしていて、

「ママー!!ママー!!お酒、お酒持ってきなさいよ!!」と延々とわめき散らしている。

そして「血液型は?年齢は?」という質問を10回ほど聞かれ、

その都度きちんと答え、舌を口につっこまれ、またしても股間もまさぐられたりしながら、

さすがに終盤は萎えて苦い顔をしていると、

ママさんが見かねたのか間に割って入ってくれた。

どうもママは手相見をするらしく、いくらか払ったけど手相を見て場の流れを変えることにした。

「あんたは結婚線からすると結婚は33歳のとき」

「人の話を聞いているようで10のうち2しか聞いとらん」

「人生の転換点に立ってようけ悩んでいるけども、今はそのまま悩み続けなさい」

「日本を背負う人になりなさい」

とまあ、「ママ」から「母」になった場末の女将さんに3000円を払ったところで、

気がつくと痴女はどろんと消えていましたとさ。

安いセクキャバに行ったついでにお祓いもしてもらった気になって、

お代は一応女の分も払っといた。

そして今帰宅して今日の濃密な一日を思い出しながら文字にする。




そうそう、一つだけ琴線に触れた言葉があった。

「プレイをする相手と結婚をする相手を同じ視線で見たらあかん」

プレイというのは、つまりお遊び。セフレ≠妻のような感じだ。

「しかも、結婚をする相手はあなたの目の前を普通に通り過ぎている。それを見逃したらあかん」

らしい。

うーん、なるほど。

っというあたりまで書いたところで、パソコンの画面から目を離すとベランダに人の影のようなものがさっと通り過ぎた気がした。

これはもしかして、恋の予感。