Y先生

そうかあんたまだ弐段かあ

足繁く通う道場のY先生がぽつりとこぼす。

でも若いうちは何も考えんと弓引くのが一番ええ

上に行けば行く程あーせいこーせい言われて意識せなならん

考えながら弓引くようになったら弓は終わりや

いつもは豪快に弓を引き回すY先生がきのうは静かに道場の隅で八寸的の的張りをしていた。

お手伝いします。

いいて、あんたは練習せなあかん

気さくで豪快な人がたまに見せる静寂さにふれると自分の気持ちも沈着する。

後ろ髪引かれる思いもあって的張りの脇でしばし話す。

わしが全日本で勝ったときは相手のことなんか考えんで、この一本この一本と引きよった、

でも今はあかん、あたらへんよ

そのときまでY先生が全日本チャンピオンだということを全く知らなかった。

もう一年もお世話になっているというのに。

お歴々がこぎれいな着物姿で弓を引いているなか、白綿の稽古着で弓を引くY先生。

家にあるトロフィーの数などこの地方の高段者では飛び抜けて多いはずなのに、

豪放磊落の陰でそういうことをまるで鼻に掛けない。

若い者にしてみれば言われないことは無いことも同じで、

普段のやりとりで知ることだけが全てと思い込んでいるのに、その質素さたるや言葉にできない。

全く先生のイメージとかけ離れている。

ぽつりと言われなければ、もしかすると一生知らないままだったかもしれない。

早くその人を知った気になろうとするところがあるのだ、自分に反省。