Kさん

今日は弓の話。

弓の名人とか達人の逸話を聞き知ったことは多々ある。

それでも、自分が目にして衝撃をうけた射に最高のリアリティーがあると思う。




高校時代に、弓道部OBのKさんが一度だけ学校の道場に弓を引きにきた。

二十代のころには七分超の弓をひいたとか、一日で千射したこともあるとか、

とかく口吻に上る大先輩である。

不惑を越えて、当時の弓力はおそらく六分前後に落としていたとおもうが、

独特の肘力から、矢一つ分ひくい口割りから放たれた矢飛びがわすれられない。

矢は加速し、地面に落ちるかのような低い弾道で、的に吸い込まれるように的中した。

初速よりも終速がはやくみえ、地をはうような真っすぐな矢。

衝撃的な光景だった。




すぐに的まで飛んでいって、矢取りを口実に、矢を盗み見た。

箆(の)の末に金ぱくがほどされた竹矢にはジグザクした見たこともない羽がついていた。

(のちになり、それが石打という一羽から二本しかとれない尾の両端の羽であることを知った)

初心者の自分には、Kさんの弓も道具も異次元のものに思えたし、

その射は傍目からも明白に違っていたのだから、

Kさんは相当な達人だったのである。




いま稽古をしている環境には上手な人はたくさんいても、

Kさんを見てしまった後となっては唸るほどのことはない。

達人は、上手な人だ、という穏やかな心証を我々に残すものではなく、

まったく衝撃的な存在なのである。