現代版ドンキホーテ 第二話
Aとヒロシはコンビニにいた。
道中、突然のどがカラカラに渇いたとヒロシがわめきはじめて、二人は近くのコンビニに入った。
ヒロシを最初無視していたAだったが、だんだん空っぽのブリキ箱に小石を入れたようなうるささに、Aは観念したのだった。
中に入るとヒロシは小躍りしてジュースに飛びついたが、レジまで行くと飛び上るように驚き、立ち読みをしていたAのところに駆け寄ってきた。
「A、A!!大変だ、あのレジの女の人、誘拐犯の仲間だよ」
「なに言ってるんだ、おまえ」
「あの耳につけているイヤリング、彼女が誘拐された時つけていたものと同じなんだ。きっと誘拐した後でむりやり取り上げて、あの女は自分のものにしたんだよ」
レジを一瞥すると、お会計をしている女店員の耳には、たしかにイヤリングが垂れていた。
小さいビー玉のようなものが縦に連なった造りで、珍しいものなのかもしれない。店員は二十代のごくふつう女だ。
「ね、ね?あのイヤリング、彼女がいつもつけていたものとおんなじなんだ。きっとあの店員は誘拐に関わっているんだよ」
「ヒロシ、冷静になれ、たまたま入ったコンビニに犯人がいるわけないだろう。それにお前、彼女をさらったのは男だと言ってたじゃないか。」
「ちがうよ!!きっとどこかであの女も誘拐に関わってるんだよ。だってイヤリングが一緒なんだよ、そんな偶然があるわけないよ。」
そんな偶然もあるだろう、とAは言おうとしたが、ヒロシはいまやブリキ箱よりもうるさくなっていた。
まだ立ち読みをしたいAは、ヒロシにこういって聞かせた。
「わかった、わかったよ。静かにしていたら、後でアイスクリームを買ってあげる」
「そんなものはいらないよお!お願いだよA、あの人が誘拐犯じゃないか確認してきてよ」
周囲の客がちらちらと目配せをしてきた。
静かにしてくれ、ということなのか。
Aは、ふぅー、と暗いため息をつき、ヒロシを睨んだあと、うつむきかげんでレジのほうに近づいて行った。
唐突に、犯人か、などと問いただすのはすこぶる奇妙だし、変に軽く話しかけてあっちにナンパかと疑われても癪(しゃく)だ。
とりあえずヒロシが満足すればそれでいいわけだから、うまい聞き方のひとつくらいはあるだろうか、とAは考えた。
しかしどうやって。
Aの一瞬は歩幅が縮み、所在なく顔を上げた。
すでに女店員の目の前のところまで来ていた。
「えっと。あれ、あのたばこください」
「はい、かしこまりました。」
「それと、肉まんをひとつ」
「はい、合計で490円になります」
女店員が袋に商品をつめる。それを見つつ、Aは次のような行動に出た。
「490円か。10円玉、9枚出してもいいですか?」
はい、という店員の答えが早いか、Aはレジの台の上に小銭入れから10円を取り出そうとした。
と、そこで意図的に手をすべらせ、レジ台に小銭をぶちまけたのだ。
少し離れた所から半身を出して様子を見ていたヒロシは、小銭の落ちるじゃらじゃらという音にびくっと体をふるわせた。
「あちゃー、どうもすみません」
女店員はすこし不満そうにしつつも、小銭を拾いはじめた。
Aもすかさずかがみこみ、拾うふりをしつつ、その調子で軽く店員に頭をぶつけた。
ごつん、という音はせずとも、のぞいていたヒロシの体はまたふるえた。
二人は同時に、痛い、と軽く叫び、顔をあげた。
「ははは、またどうも、すみません」
苦笑いをするAに、やれやれという様子の女店員だったが、表情は先ほどより少し和らいで見えた。
その一瞬の間隙を逃さず、Aは店員の耳を指さして言った。
「ところで、あの、一緒にお金を拾っているときに思ったんですけど、珍しいイヤリングですね」
すると、女の顔が急にこわ張った。一寸の間を置いても、一言も発しなかった。
女の顔はすこし青ざめている。
「え……イヤリング、そうなんです」
女はそれ以上言葉が続かない。
どうしたものか。いやしかし、まさかそんなことが、とAはヒロシを振りかえった。
ヒロシは確信に満ち満ちた顔で、軽くうなづいてみせる。
そんなわけはないか、と思ったがAは知らずに女のほうへ身を乗り出していた。
「贈り物などをするときのために、どこで買ったかものか教えてもらえませんか?」
女の額には汗がにじんでいた。相変わらずなにも答えないでいる。
Aは続けて問うた。
「差支えがあったらいいんです。でも、そういえば、友達の彼女も同じイヤリングをしていたんです。もちろん彼女に聞いてもいいんですけど、でも今日はずっと連絡がとれなくって。」
女店員はそこで口を開いたが、鯉のようにぱくぱくと動かすぎりで、発声できずにいる。
Aはまたヒロシを振り返った。
ヒロシは棚から全身をだして、さきほどよりも強くうなづいてみせる。
もうひと押しだ、ということなのか。
次の一矢を放つ。
「でも変なんですよ。彼氏が言うには、その彼女は誘拐されて……」
「おえっー!」
と言った途中で、女は突然レジ台に嘔吐した。
腹の底からうなりをあげ、びちゃびちゃと胃から物を吐き出すすさまじい音が響いた。
店内は騒然となり、その後しんと静まりかえった。
Aも身を引き、少しく狼狽したが、時が止まったような沈黙をやぶったのは近づいてきたヒロシのほうだった。
「やい、女店員。おまえ、おれの彼女になにしたんだ。おまえ、あの子をさらったんだろう、誘拐したんだろう。違うか」
女は嘔吐物の上に突っ伏し、息も絶え絶えになりながら、言った。
「ただ、大嫌いなイカリングのこと思い出しちゃって」
そのときAは一足先に店から飛び出していた。
続(かない)
道中、突然のどがカラカラに渇いたとヒロシがわめきはじめて、二人は近くのコンビニに入った。
ヒロシを最初無視していたAだったが、だんだん空っぽのブリキ箱に小石を入れたようなうるささに、Aは観念したのだった。
中に入るとヒロシは小躍りしてジュースに飛びついたが、レジまで行くと飛び上るように驚き、立ち読みをしていたAのところに駆け寄ってきた。
「A、A!!大変だ、あのレジの女の人、誘拐犯の仲間だよ」
「なに言ってるんだ、おまえ」
「あの耳につけているイヤリング、彼女が誘拐された時つけていたものと同じなんだ。きっと誘拐した後でむりやり取り上げて、あの女は自分のものにしたんだよ」
レジを一瞥すると、お会計をしている女店員の耳には、たしかにイヤリングが垂れていた。
小さいビー玉のようなものが縦に連なった造りで、珍しいものなのかもしれない。店員は二十代のごくふつう女だ。
「ね、ね?あのイヤリング、彼女がいつもつけていたものとおんなじなんだ。きっとあの店員は誘拐に関わっているんだよ」
「ヒロシ、冷静になれ、たまたま入ったコンビニに犯人がいるわけないだろう。それにお前、彼女をさらったのは男だと言ってたじゃないか。」
「ちがうよ!!きっとどこかであの女も誘拐に関わってるんだよ。だってイヤリングが一緒なんだよ、そんな偶然があるわけないよ。」
そんな偶然もあるだろう、とAは言おうとしたが、ヒロシはいまやブリキ箱よりもうるさくなっていた。
まだ立ち読みをしたいAは、ヒロシにこういって聞かせた。
「わかった、わかったよ。静かにしていたら、後でアイスクリームを買ってあげる」
「そんなものはいらないよお!お願いだよA、あの人が誘拐犯じゃないか確認してきてよ」
周囲の客がちらちらと目配せをしてきた。
静かにしてくれ、ということなのか。
Aは、ふぅー、と暗いため息をつき、ヒロシを睨んだあと、うつむきかげんでレジのほうに近づいて行った。
唐突に、犯人か、などと問いただすのはすこぶる奇妙だし、変に軽く話しかけてあっちにナンパかと疑われても癪(しゃく)だ。
とりあえずヒロシが満足すればそれでいいわけだから、うまい聞き方のひとつくらいはあるだろうか、とAは考えた。
しかしどうやって。
Aの一瞬は歩幅が縮み、所在なく顔を上げた。
すでに女店員の目の前のところまで来ていた。
「えっと。あれ、あのたばこください」
「はい、かしこまりました。」
「それと、肉まんをひとつ」
「はい、合計で490円になります」
女店員が袋に商品をつめる。それを見つつ、Aは次のような行動に出た。
「490円か。10円玉、9枚出してもいいですか?」
はい、という店員の答えが早いか、Aはレジの台の上に小銭入れから10円を取り出そうとした。
と、そこで意図的に手をすべらせ、レジ台に小銭をぶちまけたのだ。
少し離れた所から半身を出して様子を見ていたヒロシは、小銭の落ちるじゃらじゃらという音にびくっと体をふるわせた。
「あちゃー、どうもすみません」
女店員はすこし不満そうにしつつも、小銭を拾いはじめた。
Aもすかさずかがみこみ、拾うふりをしつつ、その調子で軽く店員に頭をぶつけた。
ごつん、という音はせずとも、のぞいていたヒロシの体はまたふるえた。
二人は同時に、痛い、と軽く叫び、顔をあげた。
「ははは、またどうも、すみません」
苦笑いをするAに、やれやれという様子の女店員だったが、表情は先ほどより少し和らいで見えた。
その一瞬の間隙を逃さず、Aは店員の耳を指さして言った。
「ところで、あの、一緒にお金を拾っているときに思ったんですけど、珍しいイヤリングですね」
すると、女の顔が急にこわ張った。一寸の間を置いても、一言も発しなかった。
女の顔はすこし青ざめている。
「え……イヤリング、そうなんです」
女はそれ以上言葉が続かない。
どうしたものか。いやしかし、まさかそんなことが、とAはヒロシを振りかえった。
ヒロシは確信に満ち満ちた顔で、軽くうなづいてみせる。
そんなわけはないか、と思ったがAは知らずに女のほうへ身を乗り出していた。
「贈り物などをするときのために、どこで買ったかものか教えてもらえませんか?」
女の額には汗がにじんでいた。相変わらずなにも答えないでいる。
Aは続けて問うた。
「差支えがあったらいいんです。でも、そういえば、友達の彼女も同じイヤリングをしていたんです。もちろん彼女に聞いてもいいんですけど、でも今日はずっと連絡がとれなくって。」
女店員はそこで口を開いたが、鯉のようにぱくぱくと動かすぎりで、発声できずにいる。
Aはまたヒロシを振り返った。
ヒロシは棚から全身をだして、さきほどよりも強くうなづいてみせる。
もうひと押しだ、ということなのか。
次の一矢を放つ。
「でも変なんですよ。彼氏が言うには、その彼女は誘拐されて……」
「おえっー!」
と言った途中で、女は突然レジ台に嘔吐した。
腹の底からうなりをあげ、びちゃびちゃと胃から物を吐き出すすさまじい音が響いた。
店内は騒然となり、その後しんと静まりかえった。
Aも身を引き、少しく狼狽したが、時が止まったような沈黙をやぶったのは近づいてきたヒロシのほうだった。
「やい、女店員。おまえ、おれの彼女になにしたんだ。おまえ、あの子をさらったんだろう、誘拐したんだろう。違うか」
女は嘔吐物の上に突っ伏し、息も絶え絶えになりながら、言った。
「ただ、大嫌いなイカリングのこと思い出しちゃって」
そのときAは一足先に店から飛び出していた。
続(かない)