謎の計算

ブックオフ世界文化社の『日本歴史シリーズ』がすべて105円で放出されていたので買った。

家まで運ぶとき自転車のかごに本がすべて入りきらず、

両方のハンドルにあの黄色い袋を引っかけて運ぶさまは、

周囲から見ればたいそう滑稽だったに違いない。

だが、それが全22巻の重みである。

今の時期は多少の恥もかきすて、がんばらなければならない。




計算してみると、今月に入ってから5760円分の本をブックオフで購入している。

その多くが105円の本だ。

本棚を見やるとそれほど本が増えている印象はない。

よく考えたら、本棚の数自体が以前に比べて増えてきている気がする。

しかもその隙間は間断なく埋まってきている気がするのだ。

ここまでくるとちょっとした図書館が完成するまで、この勢いはとまらないのではないか。

(ちなみに英語では、数十冊でも書籍が本棚に収まっていれば、それを"library"と呼ぶ)




そんなことはどうでもいいが、問題は今日買った本の数にある。

この『日本歴史シリーズ』これが22冊組みなのだが、

なぜか今レシートを見ると23冊購入したことになっていることである。

その分の代金もしっかりとられているのだ。

いまさら105円の違いで苦情を申し立てるのもばかばかしい、

しかしこれを一言居士は黙殺できない。

なので、なぜ店員が冊数を間違えたのかを、

ねちねちと、いやらしく考察してみることで憂さを晴らそうと思う。

まずはそのときの状況を説明しておこう。




レジから10メートル弱離れた本棚に『日本歴史シリーズ』をそろい組みで発見したが、

その重さに大きさに手間取って店員に運ぶのをお願いした。

そして当フロアーの責任者とおぼしき男性がてきぱきと、

これをかごに入れてレジまで持っていってくれた。

おそらく片方数kgに達するかごを二つ同時に運ぶ作業を二往復したのである。

男性はすべてを運び終わってから、レジ打ちを始めた。

この瞬間である、彼は本を数えるとすばやくその数をレジに打ち込んだ。

それが"23"という数字だったのだ。

不思議なのは、『日本歴史シリーズ』の最終巻は22巻である。

その最終巻に大きく印字された"22"の数字を目に認めたはずなのに、

彼が23とレジに打ち込んだところに今回の謎がある。

以下はその謎の考察である。




仮説①:チップ説

22冊もの本であるから、私一人でそれらをレジに持っていくのも大変な作業である。

そのとき店員に頼んで、運ぶのを手伝ってもらうようお願いしたのはすでに述べたが、

いってみればこれは常勤務外の行為であり、付加的作業だ。

彼はてきぱきとすべての本を運び、袋詰めまで迅速に行った。

黄色いビニール袋は本の重さで破れないように二重にされた。

しかも店先の自転車のところまで一緒に本を運んでくれたのだ。

これにエクストラチャージが加算されるのも然りである。

すなわち105円はその作業への対価とする説だ。




仮説②:疲労

男性は、22冊もの書籍に輸送に疲労困憊していた。

電柱のような細長い体、責任者であるという日常的な重圧、

最近雇用した新人を育成するという監督責務、

加えてスピード作業の心がけが拙速となる可能性、

それらすべての要素が今日の彼を疲労に追い込んだのである。

結果的に、本を数える認識力が低下せられ、

"1"という、微小で、そしてこの文章の発端となる誤差が生んだ。

22冊の本は、満身創痍となったダムの壁面に一つの錐穴を生じたに過ぎない。

だが、それをきっかけにダムは決壊したのである。




仮説③:個人的感情説

店員は個人的に私のことが好きではなかったとする感情説である。

週に3回は当該ブックオフを訪れるため、店員に顔を覚えられていた可能性はある。

そして彼は毎回低価格の本ばかりを卑しい目つきで見定めるこの人物にうんざりしていた。

それに加えて無駄にでかいぎりの図体、

猛暑日に不釣合いな黒い帽子(すなわちファッションセンス)、

店員の話をしばしば傍らで盗み聞きしているような態度、

岩波文庫ばかり毎回立ち読みする傍若無人さ、

これらすべての事象が彼を憤慨せしめたのである。

なるほど、たしか上に挙げたような衆生はおしなべて怪しいものではある。




仮説④:転売願望説

この『日本歴史シリーズ』は転売すれば105円以上の価値がある。

amazon.co.jpで検索したところ、このシリーズは一冊1000円前後で取引されていた。

つまりこれを安く買い叩いてネット上で販売すれば、

明らかに投資元本以上の利益は保証されるわけである。

ブックオフといういやしくも書店で労働する身の上であるならば、

そういった本の価値もおのずと知りえたはずである。

今日の勤務後の時間にとりあえずこれらを手中に収めようとしていた彼は、

とつぜん赤い彗星の如く出現した私の消費行動に狼狽し、

しかし立場上論駁することもこれ叶わないゆえに、

105円余計に領収するという形での抵抗を試みた。

われながらおそろしい限りの陰謀説である。




仮説⑤:購入願望説

彼はそもそも日本の歴史に興味があった。

その知的好奇心を満たす一つの手段として、

この『日本歴史シリーズ』を購入し読破することが念頭にあった。

だがこれも店員という立場上、先手を打った顧客の買い上げを阻止することはできない。

そのとき彼の心の中で繰り広げられた葛藤は、

斯くなる上は、せめて105円だけは余計に頂戴いたそう、

この105円は私の羨みとあなたは本シリーズを読破すべしという激励の意味を込めている、

だからあなたがもし後でレシートを見たら認識できるほどのヒントを残しておく、

そのエクストラチャージから私の感情を汲み取っておくれ、

この本はおぬしに託したぞ。

といったサムライ的なほろ苦い心積もりがあったのではないか。








もっと仮説を立てようとも思うが、

もうそろそろ想像力も燃え尽きているので終わろうと思う。

だが、結論はつける。

















つまりは単純なレジの打ち間違えだったんじゃないか、ということである。