英語の現在進行形
アメリカ人が現在進行形ばかり使って話すのはどうも変だといつもテレビを見て思っていたが、
ちゃんと調べてみるとそう変でもないらしい。
というのは、
I'm inviting him for the weekend party.(週末に彼をパーティーに誘うよ)
という文章があったとすると、なぜ”inviting”と分詞形なのかとずっと不思議に思っていた。
しかし調査の結果(文法書を参考にしているだけだが)、
この分詞形、-ing、は未来形なのだ。
曰く、意図的する未来の行動を表現するときは、”be going to”と同義なのである。
まあ、それはそういう自明の理なのだから、努めて納得することにする。
しかしその他にも”will”や”be going to”以外の未来表現はあるではないか。
例えば、”be to”である。
Tom is to have a presentation next Wednesday.(トム君は水曜にプレゼンがある)
などは、”be going to”と置き換えた場合どう違うのか、という疑問がある。
しかし最もスタンダードな英語文法書”Practical English Grammar”によると、
この”be to”は他者の命令や意思を相手に実行させるときに主に使用する。
つまりトム君の場合の表現は、教授や上司などに「きみ、次の水曜にプレゼンだからよろしく。」などと指名を受けたときなどに使われるのだ。
だからその後の文章には、
Though he had planned a dating of watching a film on the day, he could not help rearranging his schedule.(せっかく水曜に映画デートを入れていたのに、トムのスケジュールは大幅な変更を余儀なくされた)
というような悲痛な文言が並ぶはずなのである。
そう、トムの予定は本人ではなく、他者の意思に依存している。
総じてそれが”be to”である。
以上のことはみな文法書に掲載されていることだ。
しかし最初の問題に立ち返ると、なぜ進行形が多用されているのかという部分にはいまだ疑問が残る。
もしかしたらそんなに多様はされていないかもしれない。
私が接している英語も、
アメリカ政府の高官のインタービューとか、そのようなニュースで垣間見る一幕の言語表現に過ぎない。
現在進行形はそれほど多用性と重要性を持たないのであろうか。
これは未だ疑問が解けないところである。
しかし私などが英語で喋ってみようとするとき、
主語の後のつなぎの言葉として、必ずといってほどの頻繁さでbe動詞を挿入してしまう。
「えっと、彼はねー」
と話しを始めるとき、かなり高い確率で私は、”Well, he is...”と言ってしまう。
そして「しまった、”is”を使ってしまったから、いまさら”will”に訂正するのはどうだろうか」、
という内心の及び腰的要素も加わり、そのまま無理やり現在進行形で話を続けてしまう。
つまり、
Well, he is going to a university of somewhere in US.(アメリカ留学するらしいよ)
というようにつなげてしまうのだ。
そしててっきりアメリカ人もそのような繋ぎ要素として進行形を使っている思っていた。
実は今でもちょっと思っている。
そしてこの微妙な疑問は一知半解のまま、心の内奥にひっかかっている。
どうしたらいいものか。
進行形、いくら踏んでも叩いてみても、
とんと割れない、くるみの実。
ちゃんと調べてみるとそう変でもないらしい。
というのは、
I'm inviting him for the weekend party.(週末に彼をパーティーに誘うよ)
という文章があったとすると、なぜ”inviting”と分詞形なのかとずっと不思議に思っていた。
しかし調査の結果(文法書を参考にしているだけだが)、
この分詞形、-ing、は未来形なのだ。
曰く、意図的する未来の行動を表現するときは、”be going to”と同義なのである。
まあ、それはそういう自明の理なのだから、努めて納得することにする。
しかしその他にも”will”や”be going to”以外の未来表現はあるではないか。
例えば、”be to”である。
Tom is to have a presentation next Wednesday.(トム君は水曜にプレゼンがある)
などは、”be going to”と置き換えた場合どう違うのか、という疑問がある。
しかし最もスタンダードな英語文法書”Practical English Grammar”によると、
この”be to”は他者の命令や意思を相手に実行させるときに主に使用する。
つまりトム君の場合の表現は、教授や上司などに「きみ、次の水曜にプレゼンだからよろしく。」などと指名を受けたときなどに使われるのだ。
だからその後の文章には、
Though he had planned a dating of watching a film on the day, he could not help rearranging his schedule.(せっかく水曜に映画デートを入れていたのに、トムのスケジュールは大幅な変更を余儀なくされた)
というような悲痛な文言が並ぶはずなのである。
そう、トムの予定は本人ではなく、他者の意思に依存している。
総じてそれが”be to”である。
以上のことはみな文法書に掲載されていることだ。
しかし最初の問題に立ち返ると、なぜ進行形が多用されているのかという部分にはいまだ疑問が残る。
もしかしたらそんなに多様はされていないかもしれない。
私が接している英語も、
アメリカ政府の高官のインタービューとか、そのようなニュースで垣間見る一幕の言語表現に過ぎない。
現在進行形はそれほど多用性と重要性を持たないのであろうか。
これは未だ疑問が解けないところである。
しかし私などが英語で喋ってみようとするとき、
主語の後のつなぎの言葉として、必ずといってほどの頻繁さでbe動詞を挿入してしまう。
「えっと、彼はねー」
と話しを始めるとき、かなり高い確率で私は、”Well, he is...”と言ってしまう。
そして「しまった、”is”を使ってしまったから、いまさら”will”に訂正するのはどうだろうか」、
という内心の及び腰的要素も加わり、そのまま無理やり現在進行形で話を続けてしまう。
つまり、
Well, he is going to a university of somewhere in US.(アメリカ留学するらしいよ)
というようにつなげてしまうのだ。
そしててっきりアメリカ人もそのような繋ぎ要素として進行形を使っている思っていた。
実は今でもちょっと思っている。
そしてこの微妙な疑問は一知半解のまま、心の内奥にひっかかっている。
どうしたらいいものか。
進行形、いくら踏んでも叩いてみても、
とんと割れない、くるみの実。