蒸泄

”perspiraton”という英単語がある。

これは「汗(sweat)」をより婉曲に表現したもの。

つまり「汗臭さがあまりない汗」のことである。

「天才は1%のひらめきと99%の努力」というかの有名な言葉の「努力」は”effort”ではなく、

この”perspiration”という単語が使われている。

ちなみにOEDによると、この単語が初めて使用されたのは1611年。

最初は”breath out(息を吐く)”と同義であった由が記されている。

「汗が出る」や「蒸散(植物の気孔から水分が蒸発すること)」は、

17世紀の中葉から使用され始めている。




私はこの”perspiration”という単語を、

以前から「蒸泄(じょうせつ)」という言葉と置き換えていた。

どこでこの「蒸泄」という訳を得たのか出典は覚えていない。

しかしどうもこれが日本語としてあまりポピュラーではないようなのだ。

パソコンで「じょうせつ」を変換にしても漢字が出てこない。

てっきりいつものように変換機能のボキャブラリーが貧弱だからと断定していたのだが、

(特に”浅野内匠頭長矩”などの歴史上の人物が正しい漢字で出現することはあまりない)

今回はどうもその断定が間違っているようなのである。




この蒸泄という単語をネットで調べると、医療機関のHPに出会った。

曰く、「不感蒸泄」という表現である。

寝たきりのお年寄りなどが寝台の上でかくような汗のこと。

ほかの表現は見つからなかった。

”泄”は排泄、漏泄(秘密などがもれること)などの表現に使用さるるもの。

何か老廃物を排出するイメージである。

つまり、あまりいい意味ではないのだ。




ここにいたるまで単語を間違って覚えていた私。

そんな間違いをここに書くのも恥ずかしいのだが。

しかし”perspiration”を単純に「努力」と訳すのもおかしいと思うよ。

(と、ここからは言い訳が始まる)

Websterによると、”vigorous effort such as might be expected to cause sweating”

「本当に汗を流すこともあるような懸命な努力」という説明が記載されている。

アインシュタインが”perspiration”と言ったのもきっと、

発明には何かにつけて汗水垂らす熱心な探究心が必要である旨、を表現したかったからに違いない。

誕生日会でこのスピーチをしたときの博士の心中には、

きっと過去の失敗談としてこみ上げてくるものが様々あったに違いない。

しかし、それは語らずに全て水に流そう、いや、汗として放出してしまえばよい。

という口当たりあっさりとした江戸っ子のような心持も”perspiration”の一語にあった。

(単に「ひらめき」の”inspiration”と韻を踏むため、ということはこの際考えないでおこう)

だから、それを単に「努力」としてしまうのは味気ないね。

そう考えるとやはり「蒸泄」でいいような気もしてきた。

うーん、これが一般に広まっていない言葉なのが残念な限りである。