真夜中のサイレン

 昨晩おそくのこと。時計の針は午前2時半を回ったあたり、深夜の勉強で小腹が空いたので、わたしは

台所でお茶漬けをこしらえていた。そのとき、我が家のはす迎えにあるマンションからとつぜん火災報知

機の音が聞こえてくる。「びりりりりー」、サイレンはけたたましく真夜中の住宅街にこだまする。何事

か、とわたしは雨戸を20センチほど開けて、にわかに外の様子をうかがう。マンションの方向をみる、

火の手が上がっている様子はない。報知器の音につられるように近隣の住民も起きだし、家外に出てく

る。「びりりりー」、それから5分ほど経っても音は止まない。不思議なことに、マンションからは一人

や二人の住民が回廊に顔を見せるだけで、そこには他に誰もいないかのようである。わたしはその様子を

窓からじっと見ていた。

 それからさらに5分ほどして、「うぃぃぃん」と唸るような音が遠くから近づいてくる。消防車がやっ

てきたのだ。消防車のサイレンは火災報知機よりも大音量で、近隣の住民をさらにたたき起こすようなう

るささだ。消防車がマンションの前まで来てサイレンが切られると、それにかき消されたかのように、い

つの間にか火災報知機の音がしなくなっていた。あたりは一転して静かになる。赤色灯は点滅したまま

で、マンションの白い壁を赤く照らし出していた。数人の消防士が車から降りてマンションの階段を上っ

ていく。119番に通報した住民だろうか、一人が消防士を階段の踊り場で出迎え、事情を説明してい

る。

 「管理人の…」、「火災報知機が…」、住民の説明が途切れ途切れきこえてくる。消防隊員はいそぐわ

けでもなく、マンションの回廊を行ったり来たりしている。各階の火災報知器を確認している。すでに報

知機が鳴ってから20分ほどたつが、いっこうに火の手はみとめられない。煙もあがっていない。どうや

誤報であったようだ。近隣の住民もそれに安心したのか、通りに出ていた人たちもそれぞれ家の中へ引

き上げていった。あたりはいっそう静かになった。わたしもそれに続くように開いていた雨戸を閉め、床

についた。