みゃくらくのないはなし

三週間ほど前に受けたTOEFL(英語力を図るテスト)の点数がそろそろ帰ってくる。
このテストは私の進路を決める上で重大な役割を果たしている。
前回受験したときの点数は二四三点(三百点満点)。
実は二五〇点くらいあると、そこら辺にいる女の子に自慢できる。
その点数が「おじさんが英語を教えてあげよう」という会話に発展する前段階になる。
もちろんそれは半分くらいうそ。
二五〇点以上あるとアメリカの大学院留学で最低条件の一つをクリアすることになる。

このテストはわざわざアメリカまで送って採点作業を済ませてから日本へ送り返されるという無用な手間をかけているので、私の手元まで届くまで三週間の時間がかかる。

とにかく毎回点数表が届く時期になると無用にそわそわする。

その気分を例えると、
戦地にいる恋人からの手紙を待つフィアンセの心持。
いや、そんな境遇にあったことはないので実際は分からない。
むしろ、空腹時にカップラーメンが出来るのを待つ三分間、としたほうが貧乏臭くて好きだ。
もちろん実際の待ち時間はそんな短さではないが、とにかくそわそわする。


ちなみにテストは一四〇$もする。
これだけのお金を払って手元に残るのは一通の得点表と勉強用のCDしかない。
もし「百人に一人 ハワイ旅行プレゼント!」とか「高得点者には奨学金贈呈」とか「満点を取ったらパメラ・アンダーソン(有名な女優)に会える」という特典があったら受験生も頑張ると思う。
まじめな提案である。


ここでなんとなくテストの説明。
TOEFLテストは四つのセクションの分かれている。
実際はコンピューターのスクリーンを見て、四択問題をひたすらクリックしていくというもの。

いい忘れそうになったが、テストセンターまで行くと謎の誓約書にサインをさせられる。
どうやら「自分はここで見たテストを絶対に口外しません」という内容のようである。
そしてテストを配給している会社が問題集を作って、お金儲けをする構造ができあがる。
アメリカに留学したい受験生はほとんどがこのテストを受けないといけない。
そのためたくさんお金を出して点数を買うのである。
テストは全て知的財産、という物欲の成せる業である。



四つのセクションの最初はListeningである。
日本人が苦手としている(と認識されている)英語を聞く作業。
実は私もテスト中に、「どうしよう、全然分からない」ということが多々ある。
しかし適当にそれっぽい解答を選ぶと意外と高得点だったりするから分からないものだ。

Structure Sectionは文法的な間違いを見つける作業。
日本の英語教育はもっぱらこの文法を覚えることに終始しているため、それが意外と役に立つ。
”Neither I nor he”だとどっちが主語になるんだっけ?みたいな話(正解はhe)

Reading Sectionは文章を読んで問題に答えるという単純なもの。
しかしこれは意外とひっかけ問題が多くて、「絶対に全部あってる」とコンピューターのスクリーンへ笑みを浮かべてみても、半分くらい間違ってたりする。半分と言うのは大げさだが、全問正解は難しい。

Writing Section
前回受けたテストで煮え湯を飲まされたのが、この英語を書くセクション。
さきほどは「テストは四択問題をひたすら」と言ったが、ここではキーボードを使わないといけない。
これは六点満点で計算されるのだが、前回の私の得点は四点。
どうやらハリー・ポッターのつづりを日本人的にLとRを間違えてタイプしてしまったことが点数を下げたようである。
しかも本を読んだことも映画を見たこともないのに「ハリー・ポッターは私の聖書です」という大風呂敷を広げてしまったことが、採点員に見抜かれてしまったようだ。
そのつづりすら合っていないのだからなおさらである。
もし私が十二歳だったら採点員も笑って許してくれたかもしれない。
しかし現実はそんなに甘くはない。
そしてうそもよくない。



その反省を生かして今回は平易な文体でなるべくつづりに自信がない単語は使わないようした。
そのせいか、出来上がった文章は中学生の作文みたいになってしまった。
いちおう設問には回答できたつもりだったが、こればかりは何点つくか作者にも分からない。


すべてはあと三日以内に分かる。
私は無用にそわそわしている。