近所の八百屋-結婚について-
いつもひいきにしている八百屋が近隣にある。
これに関して前から気になっていたことがひとつあって、
もう一年近い付き合いになるこの八百屋さんが、
いつもやけにたくさんの野菜をすすめてくるのだ。
会計をする折には毎回のように、
「今日のさつまいもはおいしそうだなー」
や、
「とうもろこしとかどうかなー」
などとごねて大量に野菜を買わせようとするのだ。
コマーシャリズムのひとつなのかもしれないが、
それにしても解せない量の野菜なのである。
そしてついこの前のこと、
いつものように野菜をたくさん勧めてくる店のおじさん。
それに断りを入れるも、おじさんは再度ひとこと、
「お子さんなどにもどうですかー?」。
はっ。
昨年からの疑問をいま明らかにする一筋の光。
独身男性のわたくしは、ずっとあのおじさんに既婚者の子持ちだと思われていたのだ。
ということはつまり、
おじさんは結婚にまつわる以下のプロセスのすべてを前提としていたことになる。
友達の数合わせで合コン⇒彼女との出会い⇒デートを重ねる⇒告白⇒フラれる⇒
それから三回目の告白⇒ついに彼女根負け⇒交際を開始する⇒
そんなあるとき、体重のことで口を滑らせてしまい、彼女に激怒される⇒一時の別れ⇒
「もう君のお腹なんか涙で見えやないよ」と言いやっと仲直り⇒
その晩、避妊せずセックス⇒彼女、妊娠⇒できちゃった婚へ⇒
先方のご両親への挨拶⇒妊娠させたことで彼女の父親にねちねちと嫌味をいわれる⇒
両家の関係が悪化⇒たがいに親元を離れて、逃げるように団地での新生活を開始⇒
すでに妊娠十か月目、ついに彼女が子供を出産⇒友人知人からの祝福⇒
ご祝儀を泥棒される⇒テンションダウン↓⇒それでも懸命な子育て⇒
まず子供を母乳で養育⇒離乳食へと移る⇒幸せな妻の笑顔⇒夜泣きへの疲れ⇒
ともに寝不足の朝、ごみ出しの当番をめぐって喧嘩⇒
些細なすれちがいの連続⇒
というタイミングで結婚指輪を酔って紛失⇒妻の白眼視がはじまる⇒
会社の女上司との浮気が妻にばれる⇒妻、子を置いて実家へと帰る⇒
妻の父親から「もうお前には会いたくないと泣きながら言っている」と電話口でしかられる⇒
離婚調停へ⇒子供と一緒に後悔の夜泣き⇒
家事・育児の一切をひとりで負担するようになる⇒
そんななか子供の食事にはいよいよ野菜もおりまぜられる⇒
披露困ぱいのからだで今日も八百屋へと買い出し⇒
そして、おじさんに「このお野菜、お子さんにどうですか」とすすめられる
という全過程を八百屋はずっと脳裏に描いていたのだ。
それがまったく自らの妄想の連続であると気づかずに、である。
なんたることか。
八百屋の妄想力は、
わたしを既婚者であるばかりか、
浮気な子連れおおかみに至らしめるのには充分すぎたのである。
まったくこれだから八百屋ってやつは。
これに関して前から気になっていたことがひとつあって、
もう一年近い付き合いになるこの八百屋さんが、
いつもやけにたくさんの野菜をすすめてくるのだ。
会計をする折には毎回のように、
「今日のさつまいもはおいしそうだなー」
や、
「とうもろこしとかどうかなー」
などとごねて大量に野菜を買わせようとするのだ。
コマーシャリズムのひとつなのかもしれないが、
それにしても解せない量の野菜なのである。
そしてついこの前のこと、
いつものように野菜をたくさん勧めてくる店のおじさん。
それに断りを入れるも、おじさんは再度ひとこと、
「お子さんなどにもどうですかー?」。
はっ。
昨年からの疑問をいま明らかにする一筋の光。
独身男性のわたくしは、ずっとあのおじさんに既婚者の子持ちだと思われていたのだ。
ということはつまり、
おじさんは結婚にまつわる以下のプロセスのすべてを前提としていたことになる。
友達の数合わせで合コン⇒彼女との出会い⇒デートを重ねる⇒告白⇒フラれる⇒
それから三回目の告白⇒ついに彼女根負け⇒交際を開始する⇒
そんなあるとき、体重のことで口を滑らせてしまい、彼女に激怒される⇒一時の別れ⇒
「もう君のお腹なんか涙で見えやないよ」と言いやっと仲直り⇒
その晩、避妊せずセックス⇒彼女、妊娠⇒できちゃった婚へ⇒
先方のご両親への挨拶⇒妊娠させたことで彼女の父親にねちねちと嫌味をいわれる⇒
両家の関係が悪化⇒たがいに親元を離れて、逃げるように団地での新生活を開始⇒
すでに妊娠十か月目、ついに彼女が子供を出産⇒友人知人からの祝福⇒
ご祝儀を泥棒される⇒テンションダウン↓⇒それでも懸命な子育て⇒
まず子供を母乳で養育⇒離乳食へと移る⇒幸せな妻の笑顔⇒夜泣きへの疲れ⇒
ともに寝不足の朝、ごみ出しの当番をめぐって喧嘩⇒
些細なすれちがいの連続⇒
というタイミングで結婚指輪を酔って紛失⇒妻の白眼視がはじまる⇒
会社の女上司との浮気が妻にばれる⇒妻、子を置いて実家へと帰る⇒
妻の父親から「もうお前には会いたくないと泣きながら言っている」と電話口でしかられる⇒
離婚調停へ⇒子供と一緒に後悔の夜泣き⇒
家事・育児の一切をひとりで負担するようになる⇒
そんななか子供の食事にはいよいよ野菜もおりまぜられる⇒
披露困ぱいのからだで今日も八百屋へと買い出し⇒
そして、おじさんに「このお野菜、お子さんにどうですか」とすすめられる
という全過程を八百屋はずっと脳裏に描いていたのだ。
それがまったく自らの妄想の連続であると気づかずに、である。
なんたることか。
八百屋の妄想力は、
わたしを既婚者であるばかりか、
浮気な子連れおおかみに至らしめるのには充分すぎたのである。
まったくこれだから八百屋ってやつは。